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修行?その2 

前回の続編であります。

修行とは悟りを得るため僧侶が難行苦行に身をおくことと申しますた。
これは言葉の意味として間違ってはいませんだす。
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しかし、ワタクシの思うには俗世を離れて一心に念仏を唱えるということは、そのお坊様個人の目的と手段がはっきりしていて修行としては比較的わかりやすい内容であると思うでごす
(もちろん内容はワタクシに真似できないキビシイものです)

小乗といいますか選ばれた(選んだ)人にしか体験できない特別な世界だと思うのでごす。

でもワタクシたち地球人みんなが生きることの目的をキチンと理解しているのであれば、万人にとってこの世そのものが修行の場
であるということも理解できるのでないでせうか。

生きる目的=霊性を高める≒悟りを得る、っていうことだと思うのであります。

この世に生きること自体が難行苦行なんであります。
だから、それを無意識で知っている赤ちゃんは母ちゃんのお腹から出されるとオギャーオギャー、いやだ~いやだ~と泣き喚くのであります。
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(笑って生まれてくる子はいないと思うだす)

だから俗世であっても辛い悲しいやりきれないことに、逃げず乗り越えていく体験(たまには逃げてもいいけど)、これをいくつも重ねることがが霊性を高め、この世を修行の場として選んだ魂にとって悟りを得ることとなるのであります。
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その境地こそがあちらに帰る時の立派なお土産になるのであります。

っていうのがワタクシなりの修行という言葉の理解であります。

独断偏見まみれでありますので、何言ってんだ~なんて思って読んでいただければ結構でごす。

でも、この世の艱難辛苦も感謝の気持ちで向き合えば案外いろんなことを気づかせてくれるものだと思うだす。
その気づきのありがたさは、体験してきた難行苦行なんて、ちっぽけなものだったんだなあ、と思えるほど価値のあるものなのであります。
(と、きっと思うのであります)

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(これはちょいと違うかなあ?)
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(これの方が少しちかいかなあ♪)
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