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いのち? 

諏訪大社関連で一言。
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今年のお正月に蛙狩神事はどうだったんだろ?
昨年までは動物愛護系の各団体が盛んに批判行動を起こしていたらしいでごすが。
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ウチにもワンコがいて家族同様の思いで暮らしていますので、基本的に動物愛護には関心があります。動物虐待や殺処分の話題には心が痛むであります。
でも神事のお供え(生贄)というのはどうなんでしょ?

命は尊い、当たり前でごす。
でも自分にまとわりつくハエや蚊を殺した、なんてことはほとんどの人に経験あるんではないでしょうか?自分が嫌だから殺す、というエゴ行為であります。
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それに照らして生贄というのは、国が豊かに平和で皆が安全に暮らせますように、っていうことで自分達の大切なものを差し出す行為であると思います。

ハエ殺害は利己的であり生贄は利他的であると思うのであります。
しかし、神事とはいえ古来からの慣わしであるので、変革できるところは時代にあわせていくのも必要なことだと思うでごす。
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現代において蛙が持つ意味は?というとちょうっと???ではあります。
蛙はカエル(変える?)

同じく春の御頭祭というのも、現代では剥製を使っていますが、明治時代までは75頭分もの鹿頭部を捧げていたらしいでごす。
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(獣肉を神饌としてお供えする慣わしそのものが大変めずらしく、75頭という数の謂れからも羊をお供えしたイサク伝承、旧約聖書に関連が?ということもいわれておるようでごす。)
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最近では増えすぎた鹿を害獣として駆除し、ジビエ料理なんてゆって盛んに殺処分肉の処理を推奨しております。
鹿自身は人に迷惑をかけているつもりはなく、勝手に人の都合で害獣あつかいされているのであります。
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これも生贄の鹿と比べて人間がどちらに畏敬をもって関わってきたのかなあ、と思うと何だかとっても人間のエゴを感じるのであります。

元来、ヒトは他の命なくしては存在できない生物なのであります。
そこのカルマを解消するのも生きる意味の一つであると思うし、そのため万物に感謝して生きるのが正しい人の道であると思うのであります。
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土を踏まずして歩けますか?一歩の下には無数の生物の営みがあるのでごす。
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