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修行? 

朝仕度をしながらNHKBSで再放送中の「どんど晴れ」をチラチラ観てます。
10年くらい前のドラマだすが、ありそ~だけど絶対ありえへんやろ~、っていう正しい日本のTVドラマっつー感じで楽しいのでごす。
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んで、ちょいと変なところが気になるイヤミなヒロさん。

岩手の老舗旅館で女将修行をしている主人公、という設定でありますが、そもそも修行って?(修業という書き方もありますが、多分こちらの修行でありましょうなあ)

いろんな修行があるでごす。女将修行、武者修行、板場の修行~♪

「修行」、ブッダの道においては、悟りを得るため敢えて苦しい境地に身を置きひたすら自己を傷める難行苦行、高い精神性を基盤とした鍛錬のことをいっていると思うでごす。
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空海の室戸洞窟百万遍や延暦寺阿闍梨の千日回峰みたく難行はじめ、永平寺の雲水さんや街中を歩く托鉢さん達、ブッダに近づくための頑張りを修行というのでごす。
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しかし、現代版「修行」とは、自ら目標とする理想の姿に近づくために禁欲的に頑張ることを修行というのであります。

女将の業、剣の技、料理の味、これらを極めるのもそれぞれの世界では悟りを得るのに近い努力が要るのかも知れませんだす。
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どうでもい~ことを書いてしまいますた。
ご無礼しますた♪

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サル年にふと思っただす 

今年はサル年であります。しかも60年に一度の丙申、60年前の世相はどんなだったんだろ~なんてことを思いつつ、テレビのお正月番組を見てましたら、やっぱおサルさんが沢山登場してくるのでありました。
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で、改めて気になったことが一つ。ヒトは直立して前足の自由を獲得したからサルからここまで進化してきたのであ~る、と教えられてきますた。
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しかし、改めてサルの動きをみてみると、木を渡るときも、果物を食すときも、彼らは前足だけでなく後足もあたかも手のごとく器用に使っているであります。
って~ことは4本の足(手)を使えるサルはもっともっと進化してもいいはずじゃん?

でもサルは昔からサルであって、この先もサルなんであります。
ダーウィンの進化論もちょっと無理があると思うのでごす。
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サルが進化したんではなく、ヒトはヒトとして宇宙人(神)の創った生命体なのであります。
もちろん、ヒトに限らず地球、宇宙の全ては神の創造物でありますが(これは誰しも異論ないと思います)、類魂が地球上でもっとも学習しやすい造形(魂のぬいぐるみ)をヒトという肉体にあらわされたのだと思うでごす。
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宇宙人(神さま)が時のタイミングで類人猿のDNAをチョチョイと操作して、尻尾をなくし二足歩行しやすい身体をつくり、知能的にも進化を加速するプログラムを施したのであります(と、ワタクシは思ってマス)。

だからヒトは宇宙の進化・救済のため学ぶべきことがあって生まれてきたのであり、それに適した肉体を纏っているわけでありますが、キチンとした肉体のメンテナンスや使い方をしていないと、どんどん神の本来の意思からズレていってしまうのではないかと思うのであります。
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文明はより深く広く学びの機会を付与されるために人類にもたらされた特権であると思うでごすが、最近はその方向がちょっと???と思うこと、皆さんもありませんだすか?
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地球が「猿の惑星」にならないよう、皆が少しすつ謙虚で慈愛溢れる毎日を送り、本来の目的に少し気付けるようになるといいだすね♪
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八橋の気づき 

お土産で京都の八橋をいただきますた。アンコをくるんだ生八橋ではなくニッキ風味の堅焼き八橋でごす。
私のハナタレ時代の記憶のあるだけでも、京都といえば八橋、小学生時代の就学旅行でも買い求めた記憶があるでごす。
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で、この八橋の名前の由来を最近知りますた。
江戸時代中期のミュージシャン「八橋検校」さんに因んでいるそうでごす。
「京都で作曲の日々を送っていた検校さんは、日頃からものを大切にしていました。そのため、米びつに残るわずかな米をも貴いものと考え、残った米で堅焼煎餅をつくるよう教えたといいます。
検校さんがその生涯を閉じた後、彼の遺徳を偲んでつくられた箏の姿の堅焼煎餅は、京都の茶店で人気を博しました・・・」(井筒八橋本舗HP)。
それで形も筝に似ているとのこと。

え~そうなんですた!ワタクシの住む隣の町に「八ツ橋」という地名があるでごす。
伊勢物語にあるカキツバタを詠んだ藤原業平の歌で有名なところであり、小学生の頃は、お菓子の八橋はこの地名が由来であ~る、と聞かされていますた。
今思えばオラガムラ崇拝から出た先生のお言葉かと思いますが(実際そういう説もあるようです)、それはそれで罪のない話なのでOKなのでごす。
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お菓子の八橋からふと思ったんでごすが、「八橋検校」さん、そもそも検校とは何でしょう?
盲人高官の最高位ということなんでごすが(最下位は座頭といいます。座頭市=勝新太郎、ご存じないかも)
若い頃、劇画好きであったワタクシはジョージ秋山の劇画なんかで、裏の世界を牛耳る不気味な盲目法師、というような勝手な悪っぽいイメージを持っていますた。
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でも、実は多くがその時代の文化トレンドをリードする琵琶や筝曲のミュージシャンであり、按摩鍼灸の技で心身を癒すメディカルセラピストであったようであります。
また記憶力や計算力に図抜けた偏差値を持つ人が多かったことから金融業で財を成す検校さんも多くいたらしいでごす。

で、八橋検校さんはというと、箏という楽器に命を吹き込み、今日の筝曲の基礎を作り上げた偉大な方であるそうでごす。
以降、筝曲は伝統的に盲人のアーティストに受け継がれることとなり、宮城道夫さんの春の海など、日本のお正月、日本の文化を語る上でなくてはならないアイデンティティとなっているでごす。
(宮城道夫さんといえば宮城検校と呼ばれ数々の筝曲を残しましたが、演奏旅行中、我が家から程近いところで列車から転落しお亡くなりになりました。現場には記念碑が建ちご命日には宮城会の方々がお参りされています)
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日本で歴史的に箏、三弦などの普及には盲人ミュージシャンの活躍によるところが大きかったのでありますが、現代でも見渡せば視覚障害のあるミュージシャンは数多くいらっしゃいます。
スティービーワンダーやレイチャールズ、日本でも辻井伸行、木下航志等々。
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眼が悪いからその分耳が優れている、というアドバンテージではないと思うでごす。
ハンディを克服するための人知れぬ努力の賜物であると思います。でも眼のおかげで耳の潜在能力を生かすことができた、という言い方もできるのかもしれませんだす。

人間、五体満足、五感満足で不自由がないのが当たり前になっていると、気がつけないことが一杯あると思うのであります。
気がつけないどころか、当たり前にあぐらをかいて、本来持っている能力を生かすどころか、退化させてしまうことも往々にしてあるでごす。

それは身体の表面にでている部位だけではなく、自律神経や免疫や再生能力もすべて同じであると思うでごす。
自己治癒力を考えてみても、その能力に感謝もなく当たり前に添加物にまみれた栄養を取り入れ続ければ、そのうち細胞さんは悲鳴をあげ、どんどんその本体の働きをやめてしまうことになります。

逆に感謝し細胞がイキイキと活動できる栄養や環境を準備すれば、本来の能力を喜びとともに発揮してくれることでしょう。
第六感にしてもしかり、チャネラー、シャーマンといわれる人の能力も、みなもともと備えているものと思うでごすが、「常識」というリミッターがその力をスポイルしてしまっているんだと思うのであります。
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八橋→ミュージシャンの話から随分脱線してしまいますたが、不自由や不足は(本当は誰もが自由であり足りているんでしょうけど)本来の素晴らしい能力を開花させる気づきのキッカケであると思うのであります。

肉体的にも精神的にも環境的にもそういうキッカケがあるから大切なことを気づけることがあると思うのであります。
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感謝 

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名古屋の西端に残る古い町並み。

先週の信州善光寺さんに引き続き、名古屋の善光寺さんであります。
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初めておじゃましますたが、モダンかつ???なお寺さんであります。
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お世話になっている方のお誘いでこちらで開催される会に参加させていただきますた。
内容は公開できませんが、とにかく感謝であります。

心の汚れを洗い流し、不安と不安定の不を取り去り、波打つ細胞を鎮めていただくことができますた。
いろんな方々がいらっしゃる、自分は何にも知らないことを改めて知りますた。
とっても心地よい波動空間でありますた。

感謝であります。ありがとうございますた。

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霊の話 

お盆、夏の代表的風物詩といえばお化けであります。歓談話なんぞは聞くだけで背筋がスウ~っと涼しくなる超省エネ冷房であります。
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ウチの母からもよく聴きますた。
その1、
今でも亡くなると死者は足袋を履かせられ棺に納められますが、母の子ども時代はお墓もまだ土葬の時代で、死者は黄泉への旅のために足袋と下駄を履かされるのが慣わしでありますた。んで、葬儀の夜、家人の中に「足が痛くて歩けねえ、下駄をくりょ!」なんていう夢を見る人がいたりして、ありゃりゃなんて思って棺を掘り起こしてみると下駄を履かせ忘れていた、なんつ~ことがタビタビあったそうな、ゾゾ~ッ!黄泉へのタビでタビは履いててもタビタビあったようで、お後がよろしいようで♪
その2、
母は小学生のころ両親を亡くしています。戦中でしたのでどの家庭もその日暮らしが精一杯という状況の中で、数人の兄弟は何軒かの親戚に身を寄せることになりますた。母が世話になった家では少し前にその家の跡取りさんが亡くなられ、空き部屋になっていたその子の部屋を母と妹の居場所としてあてがわれたそうでごす。で、何となく居心地がなく幾日か眠れない夜を過ごした後、ある晩「ここはボクの部屋だ、出て行って!」という声を夢の中で聞いたそうな。で、明朝、その家の伯父に訳を話し墓前で「ごめんね」と告げ、他の家へ移ったそうな。戦中のことだったので不慮の死というものにいくつか遭遇してきた母なりの潜在意識が原因だったかも知れませんだすが。
その3
火の玉(ひとだま)はリンが燃える、ようするに化学反応であるから土葬時代はとくに頻繁に見られたらしいですが、でも母が世話になった家では外に井戸があり、夏場は3日と空けず深夜にその井戸付近で複数の火の玉がダンスしていたそうな。田舎の百姓家なので便所も外にあったので、最初は怖くてチビリそうだったけど、慣れるものらしく「ああ、また来ちょるがな、ははは!」てなことだったそうでごす。

最近はマミさんのブログでは「シルバーバーチの霊訓」を題材にしています。
ワタクシもそんなに遠くない昔は「霊=お化け」なんて~軽薄な認識がありますた。
しかし、霊とは本質、意識であ~る、肉体はこの世でいろんな学びを実践するための便宜的な装備なのであ~る、ということが半世紀を越える生命維持活動のなかから実感としてわかってきたような気がすます。
我々の記憶から消されているあの世の事情。見えないから怖いのであって、それを勝手にお化けに仕立ててごまかしているような感じかしらん。
でもエゴや利権、いろんな亡者や妖怪が蠢いているのがこの世。現実に見聞きしているこの世界のほうがう~んと怖い本当のお化けの世界なのであります。

お盆といってもクリスチャンや他信教の方には関係ないかも知れませんだすが、せっかくの夏休み、いずれ帰るあの世に清廉な想いを抱き、この世の魑魅魍魎に捕りこまれぬよう正しく霊の声(魂の声)に耳を傾けましょうと思うのでありますた。

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